隠岐、遺跡とグルメ 2
島後の西郷港も今日でお別れです。
島後と言えば最近の統廃合で一つになり隠岐の島町になったんですね、布施村などと言った時代が懐かしいものです。
朝食は定番と言ったところでしょうか、最近はホテルなどではバイキング形式が多くなってきましたが、こちらでは干物に生卵。
8時半のフェリーに乗って海士の菱浦港に行きます、朝は少し忙しいですね。今日の予定は中ノ島(海士)の史跡めぐりと国賀海岸を巡る遊覧船に乗って海からの景色を堪能したのちに西ノ島の浦郷に行く予定です。
菱浦に着いてすぐに予約を確認するために観光協会に行きましたが、観光バスが出る条件の3人に満たない、つまり我々2人だけでした、仕方なく3人分を支払い出発することになったんですが、タクシーの貸切で発車です。そして1番の楽しみにしてきた遊覧船が高波のために欠航になりました。後のことはまた考えるとしてとりあえず発車です、まずはこちら!
後鳥羽上皇はこちらで火葬され望郷の地、都に帰られたそうです。お住まいは少し奥の源福寺だったそうで、こちらに19年の長い間都に思いをはせて過ごされたようです、廃仏毀釈の折このお寺は取り壊されたそうで、その代わり?近くに隠岐神社を建立したようですが没後700年経ってからだそうです。少し可哀そうですね。
次の観光地は金光寺、と云う事なのですが、車は山頂めがけて登って行きます。牛の放牧場を進み山頂到着、なんと金光寺山の展望台です、つまり寺はなかったんです。
明屋海岸を見て、そのまま菱浦に帰ってきました、観光船が出ないために連絡船で浦郷港に行かなければなりませんが、とりあえず食事です、ここでも漁協が経営する食堂がありました。船渡来流亭・ハイカラな名前ですね。海士の名物と言ったらやはり岩牡蠣、この季節限定です。この大きさで2つ¥1000です。さしみ定食とは別で注文しました。
仕方なく内航船で西ノ島の別府に渡り路線バスで浦郷に行くことになりました。浦郷発3時過ぎの観光バスで国賀めぐりです、その日によって摩天崖に行くときと通天橋の海岸めぐりになる時があるようです、今日は遊覧船が欠航のため通天橋を中心とした国賀海岸を巡るコースになりました。いか寄せの浜で知られる由良比女神社、赤尾展望台、そして通天橋。
自然の造形美を堪能して帰ってきました。迎えに来てくれた車で国賀荘に到着です。前日は修学旅行生で賑わっていたそうです、今日はクラブツーリズムの団体以外個人客は3組だけのようです。空いている間にとお風呂を勧められ入ってみると高台に建っていることもあり、展望は最高です。今日の食事が楽しみです。
まさにテーブルに乗り切れないほどのボリュームです 。岩牡蠣も、そして色彩が美しいヒオウギ貝もあり、蟹もありました。この時期のカニは紅ズアイなのであまり好まれませんが、それでも美味しく戴きました。
翌日はもう1度国賀めぐりの観光船に挑戦です、もしだめなら知夫里島に渡り観光の予定です。朝起きてみるとやはり船は欠航だそうです。3mの高波だそうです。午後には可能かも?と言われましたが今日は午後の便で帰阪の予定です。さっそく知夫里島の観光協会に電話してタクシーの予約をし知夫里島の来居港に渡りました、この島には中型タクシーは1台しかありません、幸い午後からは予約があったそうですが!、港まで迎えに来てくれていました。この島も文覚上人や小倉宮教尊法親王や後醍醐天皇関係の遺跡があります。赤ハゲ山に登って行きますと途中、牛の放牧場の中に碑が建っていました。
後醍醐天皇が途中この知夫里島で一時過ごされた遺跡でした。赤ハゲ山の展望を楽しんだ後赤壁に向かいました。
知夫里島での観光は此処までで来居港に戻ってきました、ここで昼食です。
来居港にはあまり食べるところがありません、この料理で¥1500です、これは高すぎます。別府港に戻ってから食べればよかった、少し悔やまれるところです。
ともかくこれで隠岐観光の全行程が終わり後は帰るだけです。






























































最近のコメント