2009年6月23日 (火)

隠岐、遺跡とグルメ 2

島後の西郷港も今日でお別れです。

島後と言えば最近の統廃合で一つになり隠岐の島町になったんですね、布施村などと言った時代が懐かしいものです。

朝食は定番と言ったところでしょうか、最近はホテルなどではバイキング形式が多くなってきましたが、こちらでは干物に生卵。

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8時半のフェリーに乗って海士の菱浦港に行きます、朝は少し忙しいですね。今日の予定は中ノ島(海士)の史跡めぐりと国賀海岸を巡る遊覧船に乗って海からの景色を堪能したのちに西ノ島の浦郷に行く予定です。

菱浦に着いてすぐに予約を確認するために観光協会に行きましたが、観光バスが出る条件の3人に満たない、つまり我々2人だけでした、仕方なく3人分を支払い出発することになったんですが、タクシーの貸切で発車です。そして1番の楽しみにしてきた遊覧船が高波のために欠航になりました。後のことはまた考えるとしてとりあえず発車です、まずはこちら!

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後鳥羽上皇はこちらで火葬され望郷の地、都に帰られたそうです。お住まいは少し奥の源福寺だったそうで、こちらに19年の長い間都に思いをはせて過ごされたようです、廃仏毀釈の折このお寺は取り壊されたそうで、その代わり?近くに隠岐神社を建立したようですが没後700年経ってからだそうです。少し可哀そうですね。

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次の観光地は金光寺、と云う事なのですが、車は山頂めがけて登って行きます。牛の放牧場を進み山頂到着、なんと金光寺山の展望台です、つまり寺はなかったんです。

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明屋海岸を見て、そのまま菱浦に帰ってきました、観光船が出ないために連絡船で浦郷港に行かなければなりませんが、とりあえず食事です、ここでも漁協が経営する食堂がありました。船渡来流亭・ハイカラな名前ですね。海士の名物と言ったらやはり岩牡蠣、この季節限定です。この大きさで2つ¥1000です。さしみ定食とは別で注文しました。

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仕方なく内航船で西ノ島の別府に渡り路線バスで浦郷に行くことになりました。浦郷発3時過ぎの観光バスで国賀めぐりです、その日によって摩天崖に行くときと通天橋の海岸めぐりになる時があるようです、今日は遊覧船が欠航のため通天橋を中心とした国賀海岸を巡るコースになりました。いか寄せの浜で知られる由良比女神社、赤尾展望台、そして通天橋。

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自然の造形美を堪能して帰ってきました。迎えに来てくれた車で国賀荘に到着です。前日は修学旅行生で賑わっていたそうです、今日はクラブツーリズムの団体以外個人客は3組だけのようです。空いている間にとお風呂を勧められ入ってみると高台に建っていることもあり、展望は最高です。今日の食事が楽しみです。

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まさにテーブルに乗り切れないほどのボリュームです 。岩牡蠣も、そして色彩が美しいヒオウギ貝もあり、蟹もありました。この時期のカニは紅ズアイなのであまり好まれませんが、それでも美味しく戴きました。

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翌日はもう1度国賀めぐりの観光船に挑戦です、もしだめなら知夫里島に渡り観光の予定です。朝起きてみるとやはり船は欠航だそうです。3mの高波だそうです。午後には可能かも?と言われましたが今日は午後の便で帰阪の予定です。さっそく知夫里島の観光協会に電話してタクシーの予約をし知夫里島の来居港に渡りました、この島には中型タクシーは1台しかありません、幸い午後からは予約があったそうですが!、港まで迎えに来てくれていました。この島も文覚上人や小倉宮教尊法親王や後醍醐天皇関係の遺跡があります。赤ハゲ山に登って行きますと途中、牛の放牧場の中に碑が建っていました。

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後醍醐天皇が途中この知夫里島で一時過ごされた遺跡でした。赤ハゲ山の展望を楽しんだ後赤壁に向かいました。

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知夫里島での観光は此処までで来居港に戻ってきました、ここで昼食です。

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来居港にはあまり食べるところがありません、この料理で¥1500です、これは高すぎます。別府港に戻ってから食べればよかった、少し悔やまれるところです。

ともかくこれで隠岐観光の全行程が終わり後は帰るだけです。

2009年6月22日 (月)

隠岐、遺跡とグルメ

隠岐には雄大な自然と歴史的に流刑地としての遺跡も多い。

なかでも後鳥羽上皇と後醍醐天皇関係の遺跡も多いところである。

まず行程に沿って書いて行きます、隠岐に行くには、フェリーだと米子から境港経由で入るルートがありますが、我々は松江経由で七類港からのコースを選択、となると船便の関係で大阪から夜行バスを利用することにしました。

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大阪を22時50分発車、中国道をひた走ります、発車してしばらくすると消灯になり、途中仮眠を3時間ほどという説明でサービスエリアに入って停車しても降ろしてくれません。車内にトイレもあるので不便はないのですが、外が明るくなるとやはり足を伸ばしたいところです。

7時前に松江駅到着、そこらで朝食をと思ったんですがこの時間に空いているところがなくコンビニのおにぎりで済ますことに!、そうこうする内に連絡バスが到着40分ほどで七類港に、乗船手続きをし乗り込みましたが40数年前と違い船が大きい。

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ほとんど揺れることもなく島後の西郷に到着、まず食事をすることにしました、今回の楽しみの1つは新鮮な海の幸を食すること、ということで漁協が経営している「りょうば」でお勧めは・・と聞くと海鮮丼が人気があるということなのでそれを注文。

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予約していた観光タクシーの時間になり、集合場所に行ってみると我々も含めて5名、ゆったりと観光することになりました。浄土ヶ浦海岸などの自然を堪能し、まず案内されたのが佐々木家住宅、ここは隠岐でも一番古い木造住宅だそうです。

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次に訪ねたのが国分寺跡、聖武天皇の命により建立された第1の寺跡であり、後醍醐天皇の行在所跡でもあります。隣接されているのは牛突きの会場「隠岐モーモードーム」休日にはここで牛突きが見れるのかも!

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玉若酢の命神社には樹齢2000年といわれる八百杉もあります、隣の億岐家には駅鈴が保存されています。

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こうした観光地を巡り西郷港に戻ってきました、今日の宿は港に近い民宿「石塚」です、食事にはサザエも出してくれました。

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明日からは島前の各地を訪れます。

2009年6月11日 (木)

隠岐 自然編 2

実は40数年前に来た時も、この隠岐の摩天崖を見ていません。

海士から観光船で国賀海岸を見て、西ノ島の浦郷港に着く予定でしたので、この間ぽっかりと予定が空いてしまいました、免許証も持ってこなかったのでレンタカーの利用もできません。仕方なく内航船で菱浦から別府に渡り、そこから浦郷へ路線バスで移動することになりました。内航船も路線バスも回数が少なくロス時間が多いです。

国賀めぐりの観光バスの発車に少し時間があるので、漁港の販売店を覗くことにしましたが、釣り具などばかりで土産物もありません、そこで尋ねたところ別の所にある販売所に案内してくれましたが、棚卸のために閉めていたんですが、かまわないとのことでいろいろ見ることにしました、ワカメは土地の人はあまり食べないようでアラメ(わかめのような海藻)を勧められました。

やっとのことで時間になり国賀めぐりのバスが発車、乗ったのは我々を含め3人です、運転手は普段は観光船に乗っているそうですが、欠航のためバスの担当になったそうです。

まず案内されたのが、由良比女神社

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この神社の前に浜には以前はイカが押し寄せ手で拾うという表現がぴったりの光景が見られたそうですが、最近はあまりなく平成4年11月にイカが寄ってきて話題になったそうです、一度見てみたいものです。バスは細い山道を登ってゆき途中荒い幅の溝を通過しました。ここは牛や馬の放牧場になっていて、この溝から外には出ないそうです。牛の姿をゆったりと眺めながら到着したのが赤尾展望台、少し雲が多く地平線が見えない状態でしたが、それなりに景色のよいところです。

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今日は船が欠航のために国賀海岸を見るコースに、なるとのことで、ここでも摩天崖はお預けになりました。

しかしそれでも国賀海岸の最大の名所通天橋は素晴らしいものでした。

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この場所を最後に浦郷に帰って行きましたが、途中ドラマ「だんだん」のロケ地があるということで寄ってくれました、石橋診療所です、本来海士の予定でしたがあちらの診療所は新しすぎて…との理由でこちらになったそうです(ドラマを見ていないのでよくわかりません)

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少しの未練を残して今日の宿泊地の国賀荘に到着です。ここは少し高台にあるので海の見晴らしは素晴らしいものです。

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翌日もう一度国賀めぐりの観光船にトライする予定です、朝8時ごろには運航するかどうか決めると言っていましたので知夫里島に行く予定と2本立てで寝ることにしました。

朝、8時を待ちかね電話をしていただいたところ欠航だとの事、しかたなく知夫里島に行くことになり急遽、中型タクシーの予約をしました、この島には中型タクシーは1台しかなく取れなければ行っても仕方がないためです。

国賀荘の車で別府港に送ってもらって、そこから内航船で知夫の来居港に渡り、待っていてくれたタクシーでまず赤ハゲ山に向かいました、こちらも放牧場になっているため多くの牛たちがのんびり草を食んでいました。途中後醍醐天皇の関係の遺跡を見ながら・・・

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赤ハゲ山の展望台からの眺めです、

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観光タクシーは1時間半の予定で、これから最後の見どころ、赤壁に向かいます。

正直此処は「私は貝になりたい」の撮影場所ですが、あまり期待はしていませんでした。

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結果的に、この場所が1番印象に残りました、来て良かった。自然は偉大です!!

後は別府港に戻り高速船で七類港そして松江から高速バスで帰阪です。

2009年6月 6日 (土)

隠岐 自然編 その1

5月末に40数年ぶりに隠岐をたずねました。

まず感じたのがフェリーが大きくなったことです、昔は遊覧船ぐらいの大きさだったと乗車した観光タクシーの運転手さんが話していました、昔は島根半島が途切れると大きな波に船が翻弄された記憶があります、仲良くなった船員の方に勧められ操舵室でレーダーを見ていました。今はこんなことはありませんね、そして船の揺れもそれほど感じないほどでした。

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出発の数日前の天気予報では晴ればかりでしたのに、いざ出発となると雨または曇りの予報、自然相手の観光ですから晴れてほしいものです。

今回のコースは島後の隠岐の島町を見て西郷で宿泊し、島前の海士町から国賀海岸を見て西の島に入り浦郷の国賀荘で宿泊、翌日は知夫里島を見て帰阪の予定でした。つまり隠岐の有人島である4島すべて見るコースです。

西郷に12時前に到着、食事をしたのちに、午後からの観光タクシーに乗車、東周りの観光ポイントをほぼ回ってくれます、自然は40年を感じさせない営みを続けています。

かぶら杉は樹齢600年だそうです。昔も600年でした、つまり40年なんてこの木にしたら大した年数ではないのです。

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海と言えば此処ではやはり浄土が浦でしょう。

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白島展望台からの景色も堪能して西郷に戻ってきました、波止場の河口付近には昔懐かしい古びた家並みと漁船が私たちを待っていました。

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翌日フェリーで海士に渡り、観光バスで回る予定でしたが最低人員の3人に為らずやむなく3人分を支払い発車、結局タクシーでの周遊となりました。この島は昔流刑となった後鳥羽上皇の関係の遺跡が多く、海岸としては明屋海岸が有名です。

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さて午後からは今回の最大の見どころ、国賀海岸めぐりの遊覧船です。

ところがなんと!!この日は波浪警報が出ていました、欠航です。・・・w(゜o゜)w オォー

2009年6月 4日 (木)

表千家、不審庵の露地

松柏造園研究会の例会で不審庵の露地を見学しました。

私はこの露地は2度目です、11年前に1度見学したことがあります、今回は関西の新型インフルエンザ流行のために集会の自粛等の処置が取られるかもしれないとの、心配をしましたが幸い感染力は強いが重傷にはならないとの判断で、こうした処置が取られることがなく学校等の休校も最小限で済み例会を開催することが出来ました。

当日は雨のため見学許可時間の10分前に行きましたが、玄関に上がるように言われ雨のため露地の見学はできない由伺いました。( ̄∇ ̄|||) ガ―ン!

茶室の内部の見学もさることながら、我々としては露地の見学が主目的ですので少し粘りましたが雨がひどいので無理だと断れ・・・

複雑に入り組んだ建物の中を進み、無一物の茶室に入りました、そこは雨の為にほの暗い空間です、こんな雰囲気の中でお茶事は進められるのかと感心しながら、次の茶室残月亭を見学、庭を眺めると目の前に梅軒門その脇に百人垣と特徴のある杉皮葺きの軽やかな門を拝見

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そしてメーンの不審庵、ここは3畳台目の茶室である非常に小さな空間に座り、案内の内弟子の方の説明を聞きますと茶事の流れで中立ちの後の後座では跳ね上げ窓を開けて明かりを取り込み雰囲気を一新する演出があるそうです。

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茶室としては最後の祖堂、ここは千利休居士の像が祭られている表千家でも一番古い茶室です、4畳半の茶室ですが室内は暗くて座像が見えないほどです、そして玄関に戻ってきました。本来でしたらこれでおしまいなのですが、雨が小ぶりになっていましたので再度露地の見学をお願いしたところ、先輩に聞いてくれたようで傘を挿さない条件で許可が出ました。

最初に露地草履に履き替え案内されたのが外腰掛です。目の前には中潜りがあります。

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そして雨にぬれた路地を進むと祖堂に到着

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そして不審庵です、不審庵前の蹲踞も古く礎石を利用したものである。

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11年前は露地のみの見学でしたので少し儲けた気分です。

2009年5月 1日 (金)

おまけがよかった施設見学会

  こんなタイトルだとお土産が良かったように聞こえますね、ではなくて!

最後に淡路の護国寺を拝観したんです、ここは七福神を祀るお寺で和尚の法話があるという事なので、その法話を面白く聞いていたところ、お庭の説明があり江戸時代初期の池泉観賞式の庭園という事でした。その庭園が良かったんです、その話は後にして、まず工程順に書いて行きます。

今回の堺商工会議所の会員交流施設見学会はグルメ企画ということで、この時期鳴門のうず潮にもまれたタイは桜鯛ともいわれ1番美味しい季節という事なのです。これにつられての参加です。鳴門に行くには明石から「神戸淡路鳴門自動車道」を通ることになります、ここは連休前の休日にETCの休日割引で最大¥1000で行けるという事で大いに賑わった所です、我々が行ったのはゴールデンウイークの直前28日です。混雑を覚悟していたのですが、意外と空いていました。

まず寄った所は舞子海上プロムナード、ここは世界1の吊り橋 明石海峡大橋の体験展望施設なので1番の目玉は海上47mの丸木橋です。

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さすがに横のガラスの部分は勇気が要ります、ここは当然囲われていますので風も感じなくて怖いという気はしません。

ここを出たのが11時30分なのでそのまま食事場所の『タイ丸』まで直行です。きょうの料理はタイずくしという事です。

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大皿の部分は2人前です、タイの薄作り、刺身、鍋はタイの柳川です。

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商工会議所の担当者は大忙しです、ご苦労様です。

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鯛の荒炊きと鯛飯です。

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鯛の柳川の出来上がり。

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鯛の飴かけとかき揚げです、このほかにデザートが出ました、大満足です。

とは言え見ていただいている方には反感を買いそうなので、おまけの護国寺の報告に行きましょう。

ここの庭園が良かった、普通は観賞式の庭園の場合座敷からみるケースが多いのですがここはお庭に出ることができます。というのも本堂書院側からだとお庭の半分しか見えないためです。もう半分は庫裡書院からの展望です、無理をお願いして頂いた庭園の資料によると、ちょうどこの半分で様式手法が違い作庭の時代も異なっているようです。

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本堂の外観です。横には分離令が出るまで一緒だったという八幡神社が有ります。

ついでに淡路ハイウェイオアシスの花の谷をご覧いただきます、ここは公園になっていて広大な場所に交流ゾーンや森のゾーンなどがありますが、トイレ休憩に寄った程度ではせいぜいハイウェイオアシスゾーンの一部しか見れません。

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2009年3月31日 (火)

パソコンのHDD交換に挑戦・3

パソコン自作コーナー』で記載のWINXPをインストールする過程でNTFSにフォーマットすると共にパーティションの分割です。・・・ここで挫折しましたが、もうHDDも購入していますのでこのままでは済まされません。

そこで購入時に添付されている「リカバリー&ユーティリティデスク」を挿入しバックアップを実施、・・撥ねられました。ε=ε=┌( ≧▽)┘☆ヽ(o_ _)o-ドテッ
つまりパーティションが分割されていないという内容でした。

そこで取扱説明書を確認、ユーティリティで分割できることが判明o(^O^*=*^O^)oワクワク
「リカバリー&ユーティリティデスク」のタグをユーティリティに移動し領域設定でCの容量を決定、もともとは300GBなのでCには最低の30GBが割り当てられていましたが今回は320GBなので50GBとしました。
残りは250GBの表示ですがきっと270GBになるだろうと言う事で決定実施しました。

そして購入時に戻すにタグを切り替え『リカバリーを実行』
期待と不安の中リカバリーが終了、続いてソフトのインストールとリカバリーの手順通り進めてほぼ終了。
C以外の部分のフォーマットとパーティションはどうなっているかを確認しました。

結果はCの部分が増やした分を反映し50.01GBになりDは244.75GBで後は前のままでした、成功です。(ノ*´I`)ノ<嬉嬉嬉嬉嬉嬉嬉嬉
EISA構成の部分はインスタントマイメディアの領域と判明しました。
後はマイドキュメントをCからDに移動しバックアップしてあったデーターの引っ越しだけです。

とにかく成功してホッとしています。\(^ ^)/ バンザーイ

パソコンのHDD交換に挑戦・2

上の写真の部分2つの内の上に付いていたのはDVDドライブでした。
ハードデスクは下に付いていました。
差し込み部分がわからなくなるので、確認のために撮影記録しました。
このHDDは300GBですが、差込口や容量が近いものということで『BUFFALO』のHD-H320FBS2/3Gを購入320GBで価格は¥11,800でした。
以前のパーテェションの構成はこのような内容です。

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どうしても解らないのがC・D以外の部分です、ネットのOKWaveコミュニティーで相談するがはっきりとは解らないまま取り換えに挑戦することになります。(パーテェションの構成は「マイコンピュータ」の上で右クリック「管理」を選択 し「ディスクの管理」から確認できます)

取り付けは簡単です、心配していました器具との取り付けも背面ではなく横付でしたし差し込みも適合しました。後は外したときと反対に取り付けるだけです。
このバッファロー製のハードデスクはFAT32でフォーマットされていますが、このままではパーティションの数が多くなるのでNTFSでフォーマットし直さなければなりません。増設ならWINXP環境でNTFSにフォーマットすることが出来るのですが、なにぶん取り換えなのでこの方法はできません。
まず試したのが、『パソコン自作コーナー』で記載のWINXPをインストールする過程でNTFSにフォーマットすると共にパーティションの分割です。

恐る恐る電源を入れ、トレーにWINXPのCDを挿入し再起動
残念ながらバージョンアップタイプのために前のCDを要求、WIN95を挿入して進めましたが、容量の半分150GB程度しか認識しないことが判明、そこでまたネットによる調査でWINXPの場合サービスパック1以上でないと大容量を認識しないことが判明、私の持っているこのCDはWINMEからのバージョンアップ版のためサービスパック1にはなっていないので…ここで挫折。

パソコンのHDD交換に挑戦

富士通のデスクトップパソコンを使っていますが、買って1年でDVDマルチドライブが故障このときは無償修理しましたが、保証期間1年を過ぎても不具合が多く、ついに2年半後の2007年暮れにまったく動かなくなったので修理に出したところ、ハードデェスクの取替えとDVDの不具合のための取替え、その時は¥55000かかりました。
その後もフリーズが多く昨年夏にはリカバリーを実施、今度故障が出たら廃棄を覚悟していましたが、11月ごろから自己診断システムでHDDのエラーと診断されるに至りました。

このPCはアナログテレビが鑑賞し録画できるタイプでしたので、買換えの時には地デジが見れ、ブルーレイの対応機種にしょうと2008年暮れに買い換えましたが、地デジの著作権保護の規制が厳しくCMをカットしてDVD-Rに出す事が出来ません。すべてCMが入ったままの状態でDVD-RAMまたはブルーレイーに出さなければなりません、その上コピーが出来ません。当然CMをカットして4.7GBのDVD-Rに50分ドラマなら5話程度入っていたものが3~4話しか入りません。DVDの1枚当たりのコストも上がるので遂に決心しました、故障修理に出すと3~5万円掛るとの事なので自分でDVDの取り換えに挑戦しました。

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*なお、もしこの記事を見て自分もやってみようと思う方は、これは改造になりますのでメーカーサポートが受けられなくなりますので自己責任でお願いします。

このPCは富士通のFMV-LX50Mで昨年(2008)暮れに故障が頻発し買い換えましたが上に書いたような状態なので5回に1回しか正常に立ち上がらない状態でしたが、撮りだめしていたドラマなどが終了するまでと騙し騙し使って居ましたが遂に動かなくなりました。3月中ごろから取り換えに向けてネットで情報収集、取り付けの状況、パーテェションの切り方、等々・・・
WIN95の時代にはメモリーやHDDの増設が常識でしたので、増設をしたことがあります。増設を前提としていた為ユーザーズガイドにも説明が記載されていましたが、今回は増設はメーカーが考えていないためにそのスペースもなくガイドもありません。
まず事前調査のために裏ぶたを外し場所&取付方法を確認.

裏から見るとこんな状態です。

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位置や形状から判断して左下の2つの内どちらかと思います。
販売店で相談したところ、差し込みの部分が幾つか有るとの事で、取り外した部品を持って行く事にしました。

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2009年3月15日 (日)

堺の産業観光ツアー

産業観光ツアー?ってどんなもんやろ!!

そんな気持ちから商工会議所主催のツアーに参加しました。

コースのテーマは”異業種和合”なんだそうです???

2月12日の読売新聞に『小松菜ロール』の記事がありました、堺商工会議所では堺技衆という堺ブランドを地域企業に認証する制度があり、今回のテーマの通り、この小松菜ロールには3つの異なる企業が参画して作り上げたものだそうです。

まず行った見学先は「しものファーム」大型のビニールハウス60棟で年間260トンの小松菜を生産している小松菜専業農家です。

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土は海砂を使用し地下150mからくみ上げた地下水を散布しカラスや野鳥からの鳥インフルエンザに感染しないようにネットを張るなどかなりこだわって作っていることがよくわかります。堺技衆だけでなく大阪エコ農産物の『泉州さかい育ち』の認証も受けています。

次に向かったのが『大醤』つまり大阪の醤油という由来の醤油屋さんです。

以前は河又醤油という社名でしたが昭和45年に現在の社名に変更し全国屈指の産地であった堺の醤油産業を唯一受け継ぐ会社です。

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遺伝子組み換えをしていない大豆を使用し工場内の衛生管理も厳重にして異物の混入を防ぐ努力をしています、ただ見学する側としてはほとんどの重要な個所への見学が規制されていますので、あまり面白くはありません、しょうがないことですが・・・こちらも堺技衆の認証工場です。

いよいよ最後の見学個所である『創作工房プランタン』に向かいます、昼からのコースなのでここに着く時間には夕暮れになっていました。

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こちらは夕張メロンパンで有名になった、工房(工場)を持つ手作りパンのお店である。そこで本日最大のイベント?試食になりました。

そもそもこの企画は小松菜農家の霜野さんが昨年(2008)3月にプランタンを訪ね『小松菜をパンに使えないか』と打診してきたことに依ります、いろいろな試行錯誤の後に5月にロースハムで小松菜を包みパルメザンチーズを振りかけたパンを完成、この小松菜パンが毎日30~50売れる人気商品となり次に手掛けたのが小松菜ロールだったのです、生クリームに入れる小松菜の刻み方を何度も替え3カ月かかってやっと完成、この2つの商品に使われたのが大醤の醤油、引き立て役や隠し味に使われた。

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正直言って小松菜ロールはほかの材料を考えたほうがよさそうなほど個性がない。だが小松菜パンは小松菜の食感、味ともにヒット商品の要素を持っている。

この成功に刺激を受け堺商工会議所食品部会では別の業者間で連携を進める話し合いが始まったそうです、刺激しあうことで色々な新しい堺独特の物が出来て行く事は素晴らしいことです。